トルコの首都アンカラで日本の伝統行事「節分」体験イベント

「トルコや外国の人たちに日本(にほん)の伝統的な季節の行事『節分』(せつぶん)を体験してもらおう」という企画が日土婦人友好文化協会(にっとふじんゆうこうぶんかきょうかい)の主催により行われた。

トルコの首都アンカラで日本の伝統行事「節分」体験イベント

〜 ポスタ・ギュウェルジニ 〜 伝書鳩、飛ばそ♪ (2020年2月7日放送)

 

 

 

「節分」から1日遅れの2月4日、トルコの首都アンカラで日土婦人友好文化協会の主催による、日本の伝統的な季節の行事「節分」の最大のイベントである「豆まき」と呼ばれる活動を体験するイベントが行われ、約60人が参加した。

 

司会進行役の日土婦人友好文化協会の役員たちが、初めて「豆まき」活動を行うトルコと外国の参加者に「節分」について説明した。

 

 

 

 

その後、赤鬼と青鬼が現れると、参加者たちは一斉に、説明通りに赤鬼と青鬼に対して「豆まき」活動を行った。中には圧倒されて「豆まき」活動をし損ねた人もいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

会場には、小さな鬼まで現れた。

 

 

 

 

鬼が退散した後は、福の神が登場した。

 

 

 

 

 

 

日本では「豆まき」活動には一般的には大豆が使用されるが、このイベントでは、ひよこ豆を炒って作られるトルコで最も伝統的かつ最もポピュラーなスナック菓子「レブレビ」が使用された。

 

 

 

 

生まれて初めての「節分」を楽しんだトルコと外国の参加者たちには、日土婦人友好文化協会の日本人会員たちが心を込めて手作りした日本の料理や甘い物が振る舞われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このイベントの参加費は、経済的な事情により学業を続けることが困難な学生たちの奨学金に当てられる。

日土婦人友好文化協会は、「相互文化理解」「友好発展」「学業支援」を目的として、このような文化紹介活動や交流会を定期的に行っている。

 

 

 

 

日本人が信じている「節分」とは、いったいどのような日なのか

 

「節分」とは「季節を分ける」という意味で、そもそもは春、夏、秋、冬が始まるとされる日の前日のことを言う。いわゆる「季節の変わり目」に当たり、年に4回ある。

 

しかし、日本では「節分」と言うと、一般的に「立春」(りっしゅん)と呼ばれる、暦の上で春の始まりとされている日の前日(通常は2月3日)を指す。

 

昔の日本では、季節の変わり目には邪気が生じると考えられていた。その邪気は「鬼」であるととらえ、その鬼を追い払うことにより、良い一年が迎えられると信じられていた。

その伝統は今に受け継がれ、「節分」と呼ばれる日に「鬼は外、福は内」と言いながら鬼に向かって豆を投げ鬼を追い払う「豆まき」と呼ばれる活動を行うと、不幸や病気の原因となる悪い心や悪いエネルギーといったありとあらゆる邪気が一掃され、「福」と呼ばれる幸せが入り込むと日本人は固く信じている。

 

「豆まき」活動に使われる豆は「大豆」である。

日本人が信じているところによると、豆とは「魔目」(まめ)であり、「魔滅」(まめ)である。「魔の目」に豆を投げつけることにより「魔を滅する」のだと言う。

大豆は粒が大きく、当たったときの音も大きいことから選ばれたようである。

 

「豆まき」活動に使用される豆は炒ったものでなければならないとされている。生の豆を使って「豆まき」活動を行った後、豆を拾い忘れ、豆から芽が出てきてしまった場合、悪いことが起こるからだと言う。また、「豆を炒る」は「魔目を射る」、つまり邪気を追い払うことにつながる。

 

「豆まき」活動をした後に豆を拾って食べると、「福」が体の中に入り込み、1年間健康に過ごすことができると信じられている。食べる豆の数は基本的には「年の数」と言われているが、諸説あり統一されていない。

 

このほかにも節分には、柊の枝に焼いたイワシの頭を刺したものを門口に飾ったり、ドゥルム(ラップサンドイッチ)の形に似た「恵方巻」(えほうまき)と呼ばれる太巻き寿司を食べたりして、邪気を追い払い、「福」と呼び込む努力をする。

 

 

日本の国民的伝統行事である「節分」は、元々は中国(ちゅうごく)の「追儺」(ついな)と呼ばれる風習で、8世紀には日本に伝えられていたことが考えられる。一番古い記録では、797年に成立した『続日本紀』(しょくにほんぎ)と呼ばれる古い歴史書に、文武天皇の時代(706年)に現在の「節分」につながる「追儺」の儀式が行われたという記録が残っている。

 

 

 

2020年2月4日 火曜日

文責: 浅野涼子

 

 

 



注目ニュース