【長崎・原爆投下から75年】 メルジャン大使夫妻が平和祈念式典に参列

「長崎を最後の被爆地に」の決意が新たされた平和祈念式典に、トルコ共和国特命全権大使のハサン・ムラット・メルジャン大使と妻のインジ夫人が参列した。

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【長崎・原爆投下から75年】 メルジャン大使夫妻が平和祈念式典に参列

 

 

日本(にほん)の長崎(ながさき)に人類史上2つ目の原爆(原子爆弾)が投下されてから75年を迎えた。

 

第二次世界大戦中の1945年8月9日、アメリカ軍が長崎県長崎市に原爆(原子爆弾)を投下した。

 

 

 

 

それは、人類史上初の原爆(原子爆弾)が広島(ひろしま)に投下されてからわずか3日後のことだった。

 

 

 

 

原爆資料保存委員会が1950年7月に発表した報告によると、長崎市の推定人口24万人のうち7万3884人が原爆(原子爆弾)で死亡した。

 

 

 

 

 

日本は1945年8月14日、イギリス、中国、アメリカによる「ポツダム宣言」を受諾し、翌8月15日、「無条件降伏」を宣言した。

 

 

 

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駐日トルコ共和国大使館の発表によると、8月9日、長崎市松山町(まつやままち)の平和公園で平和祈念式典(被爆75周年長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典)が行われ、メルジャン大使と妻のインジ夫人が参列した。

 

 

 

 

 

 

原爆(原子爆弾)が投下された日本時間の11時2分に黙祷が捧げられた後、長崎市の田上富久(たうえ とみひさ)市長が全世界に向けて平和宣言を行った。

「核軍縮があまりにも遅すぎる」と指摘した田上市長は、平和のために私たちが参加する方法は無数にあるとし、「拍手を送るという、わずか10秒ほどの行為によっても平和の輪は広がる」と訴えた。田上市長は、「確信を持って、たゆむことなく、『平和の文化』を市民社会に根づかせていこう」と呼びかけた。

田上市長が「長崎は、広島、沖縄(おきなわ)、そして戦争で多くの命を失った体験を持つまちや平和を求めるすべての人々と連帯して、核兵器廃絶と恒久平和の実現に力を尽くし続けることを宣言する」と表明し、平和宣言を終えた後、平和を願い鳩が空高く飛んだ。

 

被爆者を代表して式典であいさつをした深堀繁美(ふかほり しげみ)さんは、原爆(原子爆弾)投下時の惨状を語り、「長崎を最後の被爆地に」と強く訴えた。当時14歳だった深堀さんは、原爆(原子爆弾)で姉2人と弟と妹を失った。

 

日本の安倍晋三(あべ しんぞう)首相は、あいさつで、「唯一の戦争被爆国として、『核兵器のない世界』の実現に向けた国際社会の努力を一歩一歩、着実に前に進めていくことは、我が国の変わらぬ使命である」と表明した。

「厳しい安全保障環境や、核軍縮をめぐる国家間の立場の隔たりがある中で、各国が相互の関与や対話を通じて不信感を取り除き、共通の基盤の形成に向けた努力を重ねることが必要だ」と指摘した安倍首相は、「核兵器のない世界と恒久平和の実現に向けて力を尽くす」と誓った。

 

 

 

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長崎市の発表によると、今回の平和祈念式典は新型コロナウイルス感染拡大を防止するために、通常よりも規模を縮小して行われ、約2メートルのソーシャルディスタンス(社会的距離)が取られた結果、500席ほどが用意された。

 

司会進行は、長崎市にある私立の高校、瓊浦高等学校(けいほこうとうがっこう)2年生の西山優哉(にしやま ゆや)さんと中原愛音(なかはら あいね)さんが務めた。

 

平和祈念式典で読み上げられた平和宣言は10言語に翻訳され、国連に加盟する各国の元首に送られる。

 

 

 

 

メルジャン大使夫妻、原爆落下中心地碑に献花

 

メルジャン大使と妻のインジ夫人は8月8日、長崎市松山町の爆心地公園にある原爆落下中心地碑に献花し、原爆(原子爆弾)の犠牲者を追悼した。

 

 

 

 

 

 

 

2020年8月9日 日曜日

文責: 浅野涼子

 

 

 



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