【シリア・アフリン】 アタチュルクが司令本部として使用していた家が発見される

トルコ軍が、シリアのアフリン地域で実施している「オリーブの枝作戦」の内容で分離主義テロ組織PKKとYPGが一掃されたラジュ地域で、トルコ共和国の建国者ムスタファ・ケマル・アタチュルクが司令本部として使用していた家が発見された。

1004142
【シリア・アフリン】 アタチュルクが司令本部として使用していた家が発見される

ハタイ・ムスタファ・ケマル大学歴史学部のスレイマン・ハティプオール教授は、アタチュルクが1918年にラジュに向かったことを説明した。

ハティプオール教授が提供した情報によれば、1918年にパレスチナで第7軍司令官を務めていたアタチュルクは、同年10月にまずアレッポ中心部、その後アフリン地域に移動した。

アタチュルクは部隊と共にラジュにあるカトマ鉄道駅に展開した。

アタチュルク率いるオスマン軍と地域部隊は、カトマでイギリス軍に勝利した。

2018年3月18日にアフリン中心部が奪還された「オリーブの枝作戦」の後に設立された地方市民議会の活動の結果、アタチュルクがカトマの戦いの戦略を決定して司令本部として使用していた家が発見された。

1890年に建設されたこの家は、メンテナンスがなされていないために部分的に崩壊している。

地方市民議会のアリ議長は、

「この意義ある歴史を忘れてはならない。この家を修復して元通りにしたいと望んでいる。」と話した。

 

(2018年7月2日)



注目ニュース