【シリア・アフリン オリーブの枝作戦】 作戦を実行しなければならなかった、その理由(わけ)とは

1月20日17時に開始された、シリア・アフリンの「オリーブの枝作戦」。トルコはなぜ、その作戦を実行しなければならなかったのか。その理由(わけ)は、歴史の中に隠されていた。

【シリア・アフリン オリーブの枝作戦】 作戦を実行しなければならなかった、その理由(わけ)とは

 

 

 

実は、国民闘争時代にもアフリンで作戦が実行されていたのである。

シリアのアフリン地域でトルコ軍による「オリーブの枝作戦」が続けられているが、トルコ軍がアナドル(アナトリア)の安全のためにたたかった国民闘争時代にもアフリンに作戦が実行されていたことが歴史文書に記録されている。

その歴史文書は、国民闘争時代の1920年から1921年にアナドル(アナトリア)の安全のためにフランスの占領下にあったアフリンに作戦を実行したことが書かれている。

地域の住民もフランス軍の占領下にあったアフリンに平穏が訪れるためにトルコ軍に会いたいと言っていたことや、

トルコ軍が現地の民間軍を支援するために、アフリンに作戦を実行したことが歴史文書からうかがえる。

 

このことからもわかるように、今回、トルコ共和国がアフリンへの作戦実行を決意し、「オリーブの枝作戦」を遂行していることは、トルコの歴史的根拠や歴史的遺産からみても妥当であり、しなければならない作戦なのである。

 

1921年10月20日に締結されたアンカラ条約、および、地域を戦略的に扱っていたフランスが協議で強く主張したことにより、アフリンはフランス側、つまりシリアに引き離された。

 

 

 

(2018年1月21日日曜日)

 

 

 



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