【北キプロス】 レフコーシャで「流血のクリスマス」追悼式典

キプロス島で1963年に発生した「流血のノエル(クリスマス)」として人々の記憶に残っている攻撃で犠牲となった人々を追悼する式典が、北キプロス・トルコ共和国の首都レフコーシャで行われた。

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【北キプロス】 レフコーシャで「流血のクリスマス」追悼式典


 

「国民闘争と殉国者週間」(12月21日から12月25日)が始まった12月21日、首都レフコーシャにある殉国者慰霊碑で追悼式典が行われた。追悼式典は、黙祷により始まり、トルコと北キプロス・トルコ共和国の国歌「独立行進曲」の斉唱、国旗の掲揚へと続いた。

 

追悼式典に出席した北キプロス・トルコ共和国のエルシン・タタール大統領は、殉国者慰霊碑芳名録に署名をし、「今日、尊い殉国者の前で改めて、我々の主権、自由、独立、祖国トルコの保証国、トルコ軍を放棄しないことを表明する。歴史、祖国トルコ、尊い殉国者から引き継いだ任務、たたかい、抵抗を続けていく」と記した。

 

 

 

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キプロス島のギリシャ系住民が1963年12月21日、キプロス島のトルコ系住民に対し開始した奇襲攻撃は、キプロス島のふたつの社会の間の衝突の始まりであるとされ、「流血のノエル(クリスマス)」として人々の記憶に残っている。

 

レフコーシャのタフタカレ地区で、1963年12月20日、車が銃撃され、ゼキ・ハリルさんとジェマリエ・エミラリさんが犠牲になった。

 

ギリシャ系の奇襲集団は、レフコーシャのクムサル地区で、キプロス島にいるトルコ連隊で医師として任務に就いていたニハト・イルハン少佐の妻と3人の子どもも惨殺した。

イルハン少佐の自宅の浴槽で妻のムリュヴェトさん、子どものムラットくん、クトゥシくん、ハーカンくんが遺体で発見された。惨殺が起きたこの家は後に野蛮博物館として一般に開放された。

 

攻撃を受けた103のトルコの村からはトルコ系住民が完全に立ち去ることを余儀なくされた。

 

攻撃は1963年から1964年まで続き、364人のトルコ系住民が犠牲となった。

 

 

 

(2020年12月21日 月曜日)

 

 

 



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