【スレブレニツァの虐殺から24年】 犠牲者33人を埋葬

レジェプ・ターイプ・エルドアン大統領は、スレブレニツァの虐殺は歴史が続く限り決して忘れられることはないと表明した。

【スレブレニツァの虐殺から24年】 犠牲者33人を埋葬

 

 

 

第二次世界大戦後ヨーロッパ最大最悪の人道悲劇であると位置づけられている「スレブレニツァの虐殺」から24年が経った。

1995年7月、ボスニア・ヘルツェゴビナの東部にあるスレブレニツァで、セルビア人がたった数日で8372人ものボシュニャク人を虐殺した。

ボスニア紛争は、第二次世界大戦後ヨーロッパ最大最悪の人道悲劇の場となった。

 

 

 

エルドアン大統領が追悼メッセージ

 

エルドアン大統領は、1995年に発生したスレブレニツァの虐殺から24年が経った7月11日、ツイッター(Twitter)のアカウントから追悼のメッセージを投稿した。

 

エルドアン大統領は、「ヨーロッパの眼前で発生し、罪なき8372人が犠牲となったスレブレニツァの虐殺は、歴史が続く限り決して忘れられることはない」と表明し、犠牲となったボシュニャク人の同胞に哀悼の意を表すとともに、ボシュニャク人にお悔やみを述べた。

 

 

 

新たに身元が確認された33人の遺体が埋葬される

 

第二次世界大戦後ヨーロッパ最大最悪の人道悲劇「スレブレニツァの虐殺」の犠牲者8372人のうち、新たに身元が確認された33人が7月11日、ポトチャリ慰霊墓地に埋葬された。

 

 

 

 

スレブレニツァでは、追悼式典と新たに身元が確認された33人のための葬儀の礼拝が行われた。追悼式典と葬儀の礼拝には、トルコから青年スポーツ省のメフメト・ムハッレム・カサポール大臣とトルコ大国民議会の議員、ボスニア・ヘルツェゴビナにいる国際機関の代表者、政治家、外交官、宗教従事者が参列したほか、ボスニア・ヘルツェゴビナの国外からも人が集まり、数千人が参列した。

 

最初に古いバッテリー工場で追悼式典が行われた。参列者たちはその後、葬儀の礼拝が行われるポトチャリ慰霊墓地に移動し、慰霊碑に花を手向け祈りを捧げた。

 

 

 

 

昼の礼拝の後に、新たに身元が確認された33人の犠牲者のために葬儀の礼拝を執り行ったボスニア・ヘルツェゴビナ・イスラム共同体の最高権威、フセイン・カバゾビッチ大ムフティー(イスラム法の解釈と適用に関して意見を述べる資格を認められたイスラムの宗教指導者ムフティーの最高位)は、スレブレニツァで起こったことが二度とどこでも誰の身にも起こらないことを願っていると述べた。

 

 

 

 

 

 

祈りを捧げた後、33人の名前がひとりとり読み上げられた。33人の遺体は墓に運ばれ、愛する人々や近親者によって埋葬された。

 

 

 

 

 

 

 

 

ポトチャリ慰霊墓地に埋葬された犠牲者の数は6643人になった。

 

今年(2019年)埋葬された犠牲者33人の中で最年少は16歳で惨殺されたオスマン・ツワルクさん、最年長は82歳で惨殺されたシャハ・ツワルクさんだった。

 

 

 

スレブレニツァで何が起こったのか

 

1995年7月11日、ラトコ・ムラディッチが率いるセルビア軍にスレブレニツァが占領された。

ボシュニャク人は、国連の下で活動していたオランダ軍に身を寄せたものの、その後セルビア軍に引き渡された。

セルビア軍は、女性と子どもがボスニア軍の支配地域に行くことは許可したが、少なくとも8372人のボシュニャク人を森や工場や倉庫で虐殺し、集団墓地に埋めた。

 

 

 

 

 

(2019年7月11日 木曜日)

 

 

 

 



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