日本の皇族 故三笠宮崇仁親王のアンカラでの弔問記帳のお知らせ

日本の皇族、三笠宮崇仁(みかさのみや たかひと)親王の死去を悼み、日本の東京・元赤坂にある三笠宮邸は弔問記帳に訪れる人が後を絶たないが、トルコの首都アンカラでも弔問記帳が行われることとなった。

日本の皇族 故三笠宮崇仁親王のアンカラでの弔問記帳のお知らせ

 

アンカラにある日本国大使館からのメールでの通知によると、三笠宮崇仁親王の弔問記帳はアタチュルク通りにある日本国大使公邸で、以下の日程で行われる。(いずれもトルコ時間)

11月2日(水) 10時~12時 および 15時~17時

11月3日(木) 15時~17時

 

なお、日本の宮内庁からの発表によると、東京・元赤坂にある三笠宮邸で行われている弔問記帳は、11月3日16時(日本時間)に終了する。

 

 

【三笠宮崇仁(みかさのみや たかひと)親王】

故昭和天皇の弟で、今上天皇の叔父である三笠宮崇仁親王は、10月27日午前2時34分(トルコ時間)に東京の聖路加国際病院で死去死去した。100歳だった。

日本メディアの報道によると、三笠宮崇仁親王は、日本の明治時代(1868年1月25日~1912年7月30日)以降の皇族の中で100歳を迎えた唯一かつ最長寿の皇族だった。

 

1915年12月2日生まれの三笠宮崇仁親王は、古代オリエント史の歴史学者としても知られ、カマン・カレホユック遺跡の発掘調査やアナトリア考古学研究所の設立を進めるなど、日本とトルコの友好関係の強化と発展に多大な貢献をした。

特にアナトリア考古学を専門としていた三笠宮崇仁親王は、日本・トルコ協会および中近東文化センターの名誉総裁を務め、トルコを訪問したこともある。

また、日本のいくつかの大学で教壇に立ち後継者の育成に努めたほか、数多くの著書を執筆した。

 

日本メディアの報道によると、新たに任命されトルコに赴任することとなった岡浩駐トルコ共和国日本国特命全権大使と、4月8日に三笠宮邸で面会したのが最後の公務となった。

 

天皇の位の継承順位が5位だった三笠宮崇仁親王の死去により、日本の皇族の数は19人、天皇の位の継承の資格を持つ皇族は4人となった。

 

 

(2016年11月1日 文責: 浅野涼子)

 

 


キーワード: 三笠宮崇仁 , 弔問記帳

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