「トルコの観光」 第24回~コンヤ~

皆さん、こんにちは。今日は、中部アナトリアにある町で、トルコの歴史と文化の観点から最も重要な地、コンヤについてお話しします。

「トルコの観光」 第24回~コンヤ~

「トルコの観光」 第24回~コンヤ~

トルコ・イスラム知識人のメヴラーナとともに思い出されるコンヤには、極めて豊かな歴史があります。この地域の人の定住は、紀元前9000年ごろに始まったと考えられています。

町の中心にほど近い場所にあるチャタルホユックは、今日までに発見された最も古く最も発展した新石器時代の居住地として知られています。世界規模で初めて料理文化が始まり、農業が行われ、火が用いられ、定住に移り、獰猛な動物の攻撃に対する防御が行われた地が、チャタルホユックです。

紀元前にはヒッタイト、フリギア、リディア、ペルシャ、マケドニアがコンヤを統治しました。その後、ローマとアラブがこの地を支配しました。トルコ人がアナトリアに移動してからセルジューク朝、その後はオスマン帝国の領土に組み入れられました。

コンヤには今日、これまで受け入れてきた多くの文明の様々な生産技術や製造技術とともに現れた芸術作品があります。紀元前3500年ごろの神聖な建造物の遺物が見つかります。また、アナトリアの最も古いキリスト教徒の居住地と、最も古い教会も、この地にあります。

セルジューク朝の首都となったコンヤは、シルクロード上の重要な宿泊地で、商業の中心地でもありました。イスラム文明の何百もの作品があり、当時の有名なイスラム知識人が育ち暮らした町でした。

コンヤには、アナトリア・セルジューク朝を統治したスルタン、大臣、歴史上の重要人物の陵墓、作品、モスク、メドレセ(神学校)があります。

13世紀最大の詩人、知識人、神学者、神秘主義者だったメヴラーナ・ジェラーレッディン・ルーミーもコンヤに生き、その陵墓もコンヤにあります。

メヴラーナは、その死から何世紀も経っているにもかかわらず、今日、全世界でその思想とともに振り返られ、認められています。その著書は、何十もの言語で読まれ続けています。メヴラーナ陵墓とメヴラーナ博物館は、その観点から非常に重要です。メヴレヴィー宿坊も内包する博物館の領域内では、イスラム神秘主義の修行僧が宿泊した場所、セマーの場、シェビイ・アルスの泉、礼拝場を見ることができます。また、博物館には、メヴラーナと神秘主義にまつわる作品や、手書きの本、板、燭台、楽器が展示されています。

メヴラーナ博物館には、専門書の図書館もあります。図書館には、セルジューク朝、カラマン侯国、そしてオスマン時代のものである4000冊以上の手書きの作品があります。これらの作品はすべてデジタル環境に持ち込まれ、研究者たちが使うことができるようになりました。

コンヤは、モスク、宿、メドレセの町です。メヴラーナの精神世界に大きな変化を

もたらしたイスラム知識人のシャムス・タブリージーのために作られたモスク、イプリクチ・モスク、シェラフェッティン・モスク、シェイフ・サドレッディン・コネヴィ・モスク、アラーッディン・モスク、アジジエ・モスクがその最たるものです。これらのモスクにはそれぞれ固有の特徴があります。

カラタイ・メドレセ、インジェ・ミナーレ・メドレセ、スルチャル・メドレセ、オブルクの宿、ザザディンの宿、パムクチュの宿、サヒバタ複合施設、メフメト・パシャ複合施設は、皆さんを何世紀も昔の過去にいざなってくれる歴史的建築物のほんの一握りです。

コンヤには、ヨーロッパ最大の熱帯の蝶の庭園があります。およそ8000平方メートルのこの庭園に作られた自然環境で、何十種類もの蝶や熱帯の植物が見られます。

コンヤのシレ地域は、初期キリスト教時代の重要な地です。アナトリアの初期の教会の1つで、西暦300年代に立てられたアヤ・エレナ教会があります。

コンヤは、こうした特徴のすべてを誇り、年間300万人以上の国内外の観光客を惹きつけています。

コンヤに行ったなら、メヴラーナ文化センターでセマー(旋舞)の儀式を見学し、アラーッディンの丘を訪れ、肉のパン(etli ekmek)、オクラのスープ(bamya çorbası)、オーブン焼きのケバブ(fırın kebabı)といった美味しい料理をぜひ味わってみて下さい。


キーワード: コンヤ , トルコの観光

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