「トルコの観光」 第15回 ~チャタルホユック新石器時代発掘地域~

皆さん、こんにちは。今日は、チャタルホユック新石器時代発掘地域についてお話しします。

「トルコの観光」 第15回 ~チャタルホユック新石器時代発掘地域~

「トルコの観光」 第15回 ~チャタルホユック新石器時代発掘地域~

トルコには人類の最初の時代のものである多くの居住地跡があります。チャタルホユック新石器時代発掘地域もそのうちの1つです。

チャタルホユックには、今日から9500年前に遡る歴史的プロセスにおける、人類の社会的・文化的進化の無二の軌跡があります。この地域は、農業社会と定住生活への移行を目撃した無二の考古学地域です。

中部アナトリアはコンヤ県チュムラ区まで11キロメートルの地点にあるチャタルホユックは、人類の最初の居住地の1つとみなされており、考古学的発見物によればおよそ8000人が住んでいたことが考えられています。良好な保存状態にある新石器時代の居住地の珍しい見本であるチャタルホユックは、東と西にある2つの塚からその名前を取っています。これらすべての特徴により、2012年にユネスコ(UNESCO)の世界遺産に指定されました。

塚は、地震や戦争の結果である崩壊が重なってできました。そのため、様々な歴史の多くの段階を内包する考古学地域ができあがりました。

チャタルホユックの東西の塚は、異なる高さの2つの丘の形をしています。東の塚における発掘の結果、18の新石器時代の居住地の地層が発見されました。紀元前7000年のこの地層から、定住生活への移行を示す多くの遺物や情報が発見され、建築作品や芸術作品も含む重要な資料となりました。

西の塚は、紀元前6000年に遡り、銅器時代の特徴があります。この塚は、東の塚の初期の時代に見られる文化的構造が継続していたことを示しています。

広さおよそ14ヘクタールの領域にあるこれらの塚は、2000年以上にわたり、居住地として使用されました。

チャタルホユックにある家々の大きさや居住地の秩序は、社会的で平等な理想に基づく初期の都市計画を浮き彫りにしています。家々の最も明快な特徴は、同じ大きさであることと屋根に開けられた穴から中に向かって階段を上って入ることです。家々は密着して建てられました。そのことの理由として、家族の繋がりが強く、人々がモノを収集する生活スタイルを好んでいたことが推測されます。

家々の壁には幾何学的な模様、星、花のモチーフ、狩り、ダンス、雄牛、鹿、山羊などが描かれています。

チャタルホユックの家々は繋がって並んでいるため、道はありません。屋根が道としての機能を果たしており、人々の行き来は屋根の上で行われました。

発掘の結果、チャタルホユックに最初に定住した人々が、狩猟・採集の社会を営んでいたこと、その後農業に移行したことがわかっています。小麦、大麦、豆が、農業で最初に栽培された植物です。農業のほか、牧畜も営まれました。牛や羊が家畜化されていました。

東の塚で行われた発掘では、多くの女神の像が発見されました。焼いた土、大理石、石灰石から作られた偶像は、5-15センチメートルの高さです。

チャタルホユックの発掘調査は、今日も続いています。

何千年も昔に生きた人々の家や町に興味を抱いてコンヤに行くのであれば、アナトリアの非常に豊かな歴史を持つこの町の博物館、モスク、隊商宿、特に、メヴラーナ博物館を訪れ、有名な手織物を買い、美味しいコンヤ料理を味わうことをお勧めします。

 



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