日本とトルコの友好の歴史

1873年、日本の福地源一郎一等書記官がトルコを訪れた際、アブデュルハミト2世を表敬訪問し友好勲章を奉呈した。この勲章は現在トプカプ宮殿博物館に展示されている。

日本とトルコの友好の歴史

 1889年、アブデュルハミト2世はオスマン・パシャをエルトゥールル号の司令官に任命し、』日本へと派遣した。エルトゥールル号は1889年7月12日に出航し、1890年6月7日に日本に到着した。航海が長引いたのは、途上に立ち寄ったイスラム諸国で熱烈な歓迎を受けたからである。エルトゥールル号は本州南端の串本町で沈没した。使節団や乗組員など650名のうち581名が犠牲となった。生存者69名は、明治天皇の命により軍艦金剛、比叡でイスタンブールへと帰還した。串本町にはエルトゥールル号殉難将士慰霊碑が建てられている。

 1900年初頭、ウラマーであり旅行家でもあるアブデュルレシト・イブラヒム(1857年~1944年)が日本を訪れた。そして、その時の様子を著書『アーレミ・イスラム』にまとめた。

 第一次世界大戦で両国は対立関係にあった。日本は第一次世界大戦で勝利国としてローザンヌ条約に記録された。1924年7月7日にトルコを正式に承認した。東京とイスタンブールに大使館が開設された。日本大使館は1937年にアンカラに移転した。

 1925年、両国に大使館が開設された。

 1926年に日本がイスタンブールを訪れ、その司令官だった山本五十六がムスタファ・ケマル・アタチュルクと面会した。

 1930年に日本国トルコ国間通商航海条約が結ばれた。

 1931年に高松宮宣仁親王殿下がトルコを訪問され、ムスタファ・ケマル・アタチュルクとお会いになった。

 同年、高松宮宣仁親王殿下と同妃殿下がトルコをご訪問になり、アタチュルクに白鞘の日本刀を贈呈された。その日本刀はアタチュルク廟博物館にある。

 1945年1月6日、日本とトルコの国交は断絶された。1945年2月23日、ドイツと日本に宣戦布告した。同年8月15日に日本は無条件降伏をした。

 1950年6月25日、トルコは朝鮮戦争に参戦した。1952年、北大西洋条約機構(NATO)に加盟した。

 1952年5月14日、トルコ大国民議会はサンフランシスコ平和条約を承認した。東京にトルコ大使館が開設され、イゼット・アクサルル氏が大使に任命された。日本は1953年7月4日に大使館を開設した。上村伸一氏が大使に任命された。

 1956年11月27日、ファティン・リュシュトゥ・ゾルルが日本を訪れた。1958年にはアドゥナン・メンデレス、1959年にはレフィク・コラルタンが来日した。共同声明が発表され、文化交流に関する合意が行われた。

 1962年に日本・トルコ友好議員連盟が設立された。1964年にフェリト・メレンが日本で田中角栄大蔵大臣(当時)と面会した。日本は経済協力開発機構(OECD)に加盟した。

 1964年に三笠宮殿下と同妃殿下がトルコをご訪問になり、イスメト・イノニュ首相(当時)、フェリドゥン・ジェマル・エルキン外相(当時)、ジェマル・ギュルセル大統領(当時)とお会いになった。三笠宮殿下はアタチュルク平和賞をご受賞になった。

 トルコはボスポラス大橋の入札を開始した。日本は入札に参加したが、敗北した。しかし、トルコに1971年と1978年に資金投資を行った。1300万円が投資され、ハサン・ウールル水力発電所とハーリチ橋に利用された。

 故トゥルグト・オザル氏は1981年、副首相として初来日した。日本企業と共同でファーティフ・スルタン・メフメト橋やクナル-サカルヤ幹線道路が建設された。

 トルコは機械、電気機器、鉄鋼、化学物質、自動車、スペアパーツを輸入し、魚、クロム、鉄鋼、絨毯、化学物質、タバコを日本に輸出した。

 1984年にトルコ・日本技術協力プロジェクトにおいて、イスタンブールのトゥズラにてトゥズラ技術学校が開校された。

 1985年、イラン・イラク戦争時、テヘランに取り残された日本人をトルコの航空機が救出した。
トゥルグト・オザル氏は首相として215人の訪日団とともに再来日した。
日本は三井銀行と投資を行った。サバンジュ・ホールディングとの合弁会社、ブリサとトヨタサが設立された。日本では「文明国トルコ展」が開催された。

 1985年にはトルコのコチ・グループと日本のKGM社との間にトマトペースト製造に関する合意が行われた。

 1988年に第二ボスポラス大橋が開通された。日本ではトプカプ宮殿にあるオスマン時代の財宝の展覧会が行われた。
日本・トルコ修好100周年にあたる1990年、さまざまな記念行事が行われた。また、記念切手が発行されたり、エルトゥールル号の犠牲者の追悼式典が行われたりした。

 1992年、アンカラにトルコ・日本文化研究、連帯協会が設立された。同年、スレイマン・デミレル首相(当時)率いる訪日団が来日した。

 1994年、「トルコ・イスタンブール日本文化祭り」が開かれた。

 1995年、タンス・チルレル首相(当時)が訪日団とともに日本を訪れた。

 1999年のイズミット地震で、日本はトルコに援助を行った。

 2000年、イスマイル・ジェム外務大臣(当時)は日本にいた。メフメト・ヌーリ・ユルマズ宗務庁長官(当時)が東京ジャーミイ開設式に出席した。2003年日本ではトルコ年が宣言された。

 2002年FIFAワールドカップの開催国のひとつである日本は、決勝トーナメント1回戦でトルコと対戦した。1-0でトルコが勝ち、準々決勝へと進出した。

 「2003年 日本におけるトルコ年」
 2003年から2004年の8か月間にわたり、日本の三大都市で「トルコ三大文明展 ~ヒッタイト帝国 ビザンツ帝国 オスマン帝国~」が開催され、トプカプの短剣を始めとする207の貴重な作品が展示された。

 2004年4月には、レジェプ・ターイプ・エルドアン首相(当時)が来日し、天皇陛下に謁見した。

 2005年にカマン・カレホユック考古学博物館が開館した。開館式には故三笠宮寛仁親王殿下がご出席になった。

 2006年、小泉純一郎首相(当時)がトルコを訪問した。

 2008年6月3~8日、アブドゥルラー・ギュル大統領(当時)が来日した。

 2010年、「トルコにおける日本年」が宣言された。

 2013年10月29日に行われたマルマライ・プロジェクト開通式典には、エルドアン首相(当時)と安倍晋三首相が出席した。

 


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