クドゥスは何故、それほどまでに大切なのか

クドゥスは何故、それほどまでに大切なのか。

クドゥスは何故、それほどまでに大切なのか

 

あらゆる一神教のゆりかごであり、アジアとアフリカとヨーロッパをつなぐ最も大きな扉の都市であるクドゥスは、東地中海への扉でもあるという地理的特徴から非常に重要である。

この理由から、人口80万人のクドゥスは、パレスチナにとってもイスラエルにとっても大きな重要性を持つ。

アラビア語で「アル・クドゥス」、ヘブライ語で「エルサレム」と呼ばれているクドゥスは、世界で最も古い都市のひとつである。

イスラムの誕生とともに、クドゥスはイスラムの信者の最初のクブレ(キブラ:礼拝をするときに向かう方角)となった。

聖ムハンマドは、イスラムが広まるのに重要な地となったクドゥスから昇天した。アル・アクサー・モスクはここにつくられた。

アル・アクサー・モスクと岩のドームは、イスラムの信者にとってクドゥスのシンボルである。

クドゥスは最初、カリフ聖オメルの時代に征服された。

聖イサがここで十字架にかけられたという言い伝えがあり、そのためにキリスト教の信者にとって、ここは十字架の地として認められいる。

紀元前10世紀にダビデ王がここを征服したことは、ユダヤ教の信者にとって重要である。

クドゥスは、400年間、オスマン帝国の統治下にあった。町の周りにある壁は、第10代皇帝スレイマン1世によって築かれた。

この壁により現在、旧市街アルメニア教の信者、キリスト教の信者、ユダヤ教の信者、イスラムの信者の地区に分けられている。

旧市街は世界文化遺産に登録されている。

クドゥスは歴史を通じて数多くの神聖な建築物が建てられたことから、多くの戦争の舞台にもなった。

崩壊と構築を幾度となく繰り返したクドゥスは、1517年から1917年までオスマン帝国が主権を握っていた。

クドゥスは、1917年にオスマン帝国の主権から離れてからはずっと苦悩の日々を過ごしている。

東クドゥスを1967年に占領したイスラエルは、この地をユダヤ化するために半世紀もの間、企て続けている。

 

 

 

(2018年5月16日水曜日)

 

 

 



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