【広島原爆投下から73年】 イスタンブールの子どもたちから広島へ 千羽の折り鶴の贈りもの

今日、日本の広島は世界で初めて原爆(原子爆弾)が落とされた1945年8月6日から73年を迎えた。今年も世界中から平和と非核化のシンボルとなった折り鶴が届けられている。

【広島原爆投下から73年】 イスタンブールの子どもたちから広島へ 千羽の折り鶴の贈りもの

 

 

 

歴史において初めて原爆が落とされた都市として今も世界中に影響を与え続け、世界に平和のメッセージを発信し続ける広島のシンボルのひとつに「原爆の子の像」がある。

「原爆の子の像」のモデルとなった佐々木禎子(ささき さだこ)さんは、2歳のときに広島で被爆したものの無傷で、その後は健康少女として育った。しかし、被爆から9年後に突然体調を崩し、翌年には白血病と診断された。「折り紙で千羽鶴を折れば元気になる」と信じた佐々木禎子さんは、入院先の病院で鶴を折り続けた。1か月足らずで折り鶴は1000羽に達したが、佐々木禎子さんは鶴を折り続けた。しかし、その願いもむなしく、佐々木禎子さんは1955年10月25日に12歳で死去した。佐々木禎子さんが生前折った鶴の数は1300羽以上であると言われている。

「原爆の子の像」は同級生たちの募金運動によりつくられた像で、佐々木禎子さんが死去してから3年後の1958年5月5日に完成した。

 

佐々木禎子さんの物語により平和と非核化のシンボルとして世界に知られるようになった折り鶴は、今もなお世界中の子どもたちにより折られ、佐々木禎子さんのもとへ届けられている。

 

イスタンブール県カドゥキョイ区でも、8月6日の広島原爆投下の日に広島に折り鶴を届けるために、7月17日にイスタンブール県カドゥキョイ区社会サービスセンターの主催により「紙で千羽の鶴を折ろう ~佐々木禎子さんの夢の仲間となるために~」という折り鶴の会が行われた。

 

 

 

ラシムパシャ地区にある東方正教会の前の通りで行われた折り鶴の会に、たくさんの子どもたちが集まり、1000羽の鶴が折られた。

 

 

イスタンブール県カドゥキョイ区の子どもたちが折った1000羽の鶴は、広島の空の下で、世界に向けて平和と核兵器のない世の中を願い訴えている。

 

 

 

(2018年8月6日 文責: 浅野涼子)

 

 

 

 



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