【日本・広島原爆から72年】 詩人ナーズム・ヒクメトと日本人女性の57年前の往復書簡が初めて公開される

日本の広島に1945年に投下された原子爆弾を取り上げた詩「女の子」に感銘し、作者のナーズム・ヒクメト(1901~1963)に宛てて1960年に書かれた日本人女性4人の手紙とその返事が、ナーズム・ヒクメトの没後54年目にして初めて公開された。

【日本・広島原爆から72年】 詩人ナーズム・ヒクメトと日本人女性の57年前の往復書簡が初めて公開される
【Video】 日本・広島原爆投下から72年
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1945年にアメリカが広島に原子爆弾を投下してから72年目の2017年8月6日、追悼式典が行われ、何万もの人が参列した。平和記念公園に集まった5万人が原子爆弾の犠牲者たちを偲んだ。「被爆者」として知られる、原爆で生き残った平均年齢81歳の人々も式典に参列した。また、80か国の代表も参列した。

(2017年8月7日月曜日)

 

 

 

有名なトルコの詩人ナーズム・ヒクメトにお礼の手紙を書いた4人の日本人女性とは、マルモリ・トミコさん、ササキ・イオシエデさん、ナガタ・マサコさん、カワキダ・ワカさんである。

 

4人の日本人女性が1960年に書いた手紙は、当時のソ連女性委員会と全ソ連労働組合中央評議会の月刊機関誌『ソ連の女性』を通じて、ナーズム・ヒクメトに届けられた。

 

4人の日本人女性の手紙とナーズム・ヒクメトの返事は、それから57年後の今年(2017年)、旧ソ連の資料の中から発見され、イスタンブール大学アタチュルク主義・革命史協会の教員で歴史学者のメフメト・ペリンチェキさんにより、雑誌『社会史』で初めて公開された。

 

 

4人の日本人女性のひとり、カワキダ・ワカさんは手紙で、「突然手紙を出す失礼をお詫びする。『女の子』の詩に心を打たれない人は誰もいない。この詩をいつ声に出して読んでも涙で胸が張り裂けそうな思いにさせられる。心はつらく悲しい気持ちでいっぱいだ。広島を忘れてはいけないことを、人々に叫びながら訴えていかなければならないと感じている。『女の子』の詩は、保守的でない人々の魂の奥底に影響を与えることを確信している」と、この詩に対する思いを語っている。さらに、遠くに住んでいて住所がわからなかったために詩を無断で使用したことへのお詫びや、詩を書いたことへの心からの感謝の気持ちが綴られているほか、世界平和のための闘いが続けられるよう健康に気をつけてほしいという気遣いもある。

 

ナガタ・マサコさんとマルモリ・トミコさんの手紙には、「原子爆弾が投下されてから15年目となる1960年に『女の子』の詩を手に家々を訪問し、たくさんの人と話をした。この地球上でいかなる戦争も許してはいけないという気持ちが、人々の中で大きくなったのを感じた」と記され、この詩が与えた影響が語られている。

 

ナーズム・ヒクメトは、「日本の女性のみなさんに感謝」と題した返事で、「誠実で才能のある何百もの詩人が広島について詩を書いた。その中には芸術的に優れた作品のみならず、人の良心に議論させる余地を与えないような証言もある。日本の友人のみなさんの生きるための闘いの力になれたと考えている。多くの作品の中からわたしの『女の子』を選び、命を吹きかけてくれた日本人女性のみなさんに心から感謝する」と記している。

 

 

ナーズム・ヒクメトが1955年に発表した詩「女の子」は、原子爆弾で死んでしまったために年齢が止まってしまった女の子が家々の扉をたたき、「わたしは6歳のままの女の子。死んでしまったから誰にも抱かれることもないし、お菓子も食べられない。みんなが笑って暮らせるよう、署名をしてほしい」と、反戦・平和のために署名を求める内容となっている。

 

ナーズム・ヒクメトは、原爆の子の像のモデルとなった佐々木禎子(ささき さだこ)さんの物語に影響を受けて、この詩を綴った。

 

1943年生まれの佐々木禎子さんは、2歳のときに広島で被爆したものの無傷で、その後は健康少女に育った。しかし、被爆から9年後に突然体調を崩し、翌年には白血病と診断された。「折り紙で千羽鶴を折れば元気になる」と信じた佐々木禎子さんは、入院先の病院で鶴を折り続けた。1か月足らずで折り鶴は1000羽に達したが、佐々木禎子さんは鶴を折り続けたと言う。しかし、その願いもむなしく、佐々木禎子さんは1955年10月25日に12歳で死亡した。

1300羽以上の鶴を折り続けた佐々木禎子さんの物語は、世界中の人々に大きな影響を与えた。

また、これをきっかけに折り鶴が平和と結びつけて考えられるようになり、広島の平和記念公園にはたくさんの折り鶴が飾られるようになった。

 

佐々木禎子さんの物語に影響を受けたナーズム・ヒクメトが書いた詩「女の子」には、ズルヒュ・リヴァネリをはじめ、多くの音楽家が曲をつけている。

 

日本では、「死んだ女の子」と題され、中本信幸(なかもと のぶゆき)さんや飯塚広(いいづか ひろし)さんなどの訳詩があり、元ちとせ(はじめ ちとせ)さんをはじめとする歌手により歌い継がれている。

 

 

 

(2017年8月6日 文責: 浅野 涼子)

 

 

 



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