【長崎原爆投下から73年】 国連事務総長が呼びかけ 「長崎を核兵器の世界最後の場所に」

アメリカが広島に原爆(原子爆弾)を落とした3日後の1945年8月9日に実行した原爆による2度目の攻撃で死亡した約7万4000人を追悼する式典が、長崎市の平和公園で行われた。

【長崎原爆投下から73年】 国連事務総長が呼びかけ 「長崎を核兵器の世界最後の場所に」

 

 

 

日本のメディアの報道によると、長崎市の平和公園内平和祈念像前広場で行われた平和祈念式典(長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典)には、原爆の被害を受けた人(被爆者)や遺族、71か国の代表など、約5800人が出席した。

日本時間の10時40分(トルコ時間の4時40分)に被爆者合唱と共に始められた平和祈念式典で、この1年間に新たに死亡した人(被爆者)など3511人の名前が書き加えられた17万9226人の原爆死没者名簿が納められた。

原爆が落とされた日本時間の11時2分(トルコ時間の5時2分)には、「平和の鐘」が鳴らされ、1分間の黙祷が捧げられた。

黙祷の後、長崎市の田上富久(たうえ とみひさ)市長が平和宣言を述べた。

 

日本の安倍晋三(あべ しんぞう)首相は、平和祈念式典で行ったあいさつで、核軍縮の進め方について各国の考え方の違いが顕在化していることに懸念を示し、「核兵器のない世界を実現するために、非核三原則を堅持しつつ、核兵器国と非核兵器国双方の橋渡しに努め、国際社会の取り組みを主導していく」と表明した。

 

平和祈念式典には、国連のアントニオ・グテーレス事務総長も出席した。

国連トップの事務総長が長崎の平和祈念式典に出席したのは初めてである。

グテーレス事務総長は、平和祈念式典で行った演説で、「広島と長崎の原爆を生き延びた人々(被爆者)は、平和と軍縮の指導者」であると称賛するとともに、「みんなで、この長崎を核兵器による惨害で苦しんだ地球最後の場所にするよう決意しよう」と呼びかけた。

 

 

 

■■■ 広島・長崎原爆投下(1945年8月)■■■

アメリカが1945年8月6日に広島市に落とした「リトルボーイ」と呼ばれる原爆で約14万人、その3日後の8月9日に長崎市に落とした「ファットマン」と呼ばれる原爆で約7万4000人が死亡した。

当時の人口は、広島市が約35万人、長崎市が約24万人だったと推定されている。

長崎に原爆が落とされてから6日後の8月15日、日本は降伏を表明した。

 

 

 

(2018年8月9日 文責: 浅野涼子)

 

 

 

 



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