「防衛産業における国家プロジェクト」 第7回

「ヴェヒジ・ヒュルクシュ」から航空機「ヒュルクシュ」へ

「防衛産業における国家プロジェクト」 第7回

トルコ軍事組合教育局長タルカン・ゼンギン著

 

イスタンブール広域市とT3ワクフの主催により、トルコで初めての航空宇宙技術フェスティバル「テクノフェスト・イスタンブール」が、9月20-23日に開催されました。T3ワクフ管財人代表団のセルチュク・バイラクタル会長は、このフェスティバルの宣伝会議で行った演説で、このフェスティバルが国内製技術にとって非常に重要であることを語りました。フェスティバル中に行われたショー、大会、セミナー、活動は、その言葉を確証するものでした。

フェスティバルで展示された航空機ヒュルクシュは、航空ショーも行いました。ヒュルクシュを見ているとき、筆者の頭にトルコの航空史上重要な地位にいるヴェジヒ・ヒュルクシュの生涯が思い浮かびました。若いときから重要な事業を行ったヴェジヒ・ヒュルクシュと同じ興奮を味わう若者たちの様子は、トルコの未来に希望をもたらすものでした。ヴェジヒ・ヒュルクシュに守られてきた国家の支援は、今度は若い発明者たちの道を切り開いています。ヴェジヒ・ヒュルクシュは、このことを次のように説明しています。「私がまわった外国の国々で航空学がどのように始まり、どのような工房が作られてきたか、私はよく知っていた。何よりも先ず、国の信条と奨励がこの道における成功の唯一の解決策だった。私も成功するためにそのことを必要としている。我々から奪われ得ない唯一の自由は、自分の行動を選ぶ自由だ。私、ヴェジヒ・ヒュルクシュは、トルコを羽ばたかせてこの苗字をもらった。私の自由は、国の独立への唯一の道は国内製のものを作ることだという信念に生涯を捧げることだった。なぜなら他者の翼で飛ぼうとする者は、自由の鳥を意味するヒュルクシュにはなり得ないからだ」今日、トルコは、防衛分野において自らの翼で飛ぶために、信念をもって未来に向かっています。

ヴェジヒ・ヒュルクシュは、1896年にイスタンブールで生まれました。幼いときに父親を失いました。トルコの航空史最大の人物であるほか、その生涯により、物悲しい逸話の英雄でもあります。航空史に数多くの成功をもたらしました。例えばカフカス戦線で任務を負っていた際に、1917年に敵の航空機を撃墜した初のトルコ人飛行士です。自らの名を冠した航空機を製造した初の航空機設計者です。トルコにおける初の航空学校の創立者であり、初の女性飛行士を養成した教師です。初の民間航空学校の創立者です。トルコ初の民間航空会社ヒュルクシュ航空会社の創業者です。102の様々な型の戦闘機や民間航空機を操縦した初の飛行士です。1916-1917年に3万時間の飛行を行い、重要な記録保持者となりました。独立戦争に志願兵として参加しました。そこで成功裏に飛行を行い、ギリシャ軍航空機1機を撃墜しました。それらの成功により、トルコ大国民議会から独立勲章を授与されました。

ヴェジヒ・ヒュルクシュは、最初の航空機ヴェジヒ・K6型を製造し、初の飛行を1925年に行いました。29歳のときに限られた条件の中で初のトルコ製航空機を作りました。しかし、成功したヴェジヒ・ヒュルクシュは、表彰されるべきところを罰を受けました。無許可で飛行したという理由で給与の半分が削減され、10日間の自宅軟禁措置を受けたのです。ヴェジヒ・ヒュルクシュはこの罰を理由に軍を離れました。そんな中、1925年に公表された記事の中で、「我々は軍人であることを忘れ、司令に逆らった」と述べて嘆いています。1954年に設立したトルコ初の民間航空会社であるヒュルクシュ航空会社も同じような目に遭いました。ターキッシュ・エアラインズが手放した航空機を修理して艦隊を編成しました。その飛行は理由なしに却下され、航空機は破壊され、その成功は妨害されました。

ヴェジヒ・ヒュルクシュは、イスタンブールのカドゥキョイ地区で賃貸した製材店で3か月間で航空機「ヴェジヒ14型」を作りました。この航空機による初の飛行を1930年に行いました。作った航空機の飛行許可証をもらうため、当時の経済省に申請しました。経済省は「飛行の技術的性能を確認する者がいないため、必要な書類は付与されない」と回答しました。この回答は、国内製航空機の製造がどんな理由で行われ得なかったかを示しています。

初の国内製航空機:ヒュルクシュ

ヒュルクシュは、トルコ航空宇宙会社が独自に開発したトルコ初の国内製航空機です。新世代基本訓練航空機プロジェクトは、2006年3月に防衛産業局とトルコ航空宇宙会社の間で締結された契約により始まりました。このプロジェクトは、空軍司令部の需要に応じ、世界市場に参入できる訓練機を開発する目的で開始されました。

2013年9月26日に締結された契約により、ヒュルクシュの量産実施が決定されました。2013年12月26日にはヒュルクシュB契約が締結されました。ヒュルクシュAは、欧州航空安全機関(EASA)CS-23の必要条件によって有資格とされた基本的な航空機です。ヒュルクシュBは、統合アビオニクスによって開発された航空機です。ヒュルクシュCは、パイロット養成に向けてのほか、小規模攻撃と武装捜索任務を低予算と高度な性能により行うことを可能にするために開発されています。

以前、試験飛行を成功裏に行ったヒュルクシュは、11月に空軍への納入が予定されています。最初の航空機が納入された後、空軍パイロットが使用し、3か月間で様々な評価を受けます。その過程で、もしあれば要請を受けて航空機の開発が完了します。2019年前半までに、15機が空軍に納入される予定です。

欧州航空安全機関(EASA)から形式証明書を受理した初のトルコ航空機

航空機に関してトルコ航空宇宙会社が発表した情報は次のとおりです:飛行試験のほか、生産された2つの構造的な航空機において、航空機の耐性、寿命、故障への耐久性の試験が成功裏に行われました。プロジェクトの内容で、欧州航空安全機関(EASA)と民間航空総局(SHGM)に送るため、545部の書類が作成されました。また、メンテナンスと        維持に向けた書類もすべて作成されました。これらの活動すべての結果、2016年7月11日にヒュルクシュ新世代基本訓練機のために「TT32航空機型証明書」が民間航空総局(SHGM)から受理されました。その同日、欧州航空安全機関(EASA)も「EASA有効形式証明書」を付与し、民間航空総局(SHGM)のこの証明書がヨーロッパ全土の国で有効とされました。こうしてヒュルクシュは、欧州航空安全機関の形式証明書を受理した初のトルコ航空機となりました。ヒュルクシュの成功は、トルコにとってもちろん重要です。しかし、1925年の条件で29歳にして様々な障害をものともせず航空機製造に成功したヴェジヒ・ヒュルクシュへの誠意の指標として航空機ヒュルクシュが大空を舞うことも重要です。



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