「世界の視点」 第35回

正しい位置づけとビジョンで十分か?

「世界の視点」 第35回

アンカラ・ユルドゥルム・ベヤジット大学政治学部クドレト・ビュルビュル学長著

 

これまでのプログラムで、欧米も含む、私たちが直面する事象、概念、問題に対し、被害者心理を決して抱くことなく、私たち自身が持つ価値感の原理の枠内で、分析的に、自信ある視点によるアプローチを行うべきであると指摘してきました。では、正しい位置づけ、正しいビジョンは、それだけで十分でしょうか?正しい視点を持つだけで問題は解決されるでしょうか?

正しい位置づけ、ビジョン、視点があらゆる問題の解決や目的達成における最も基本的な要素であることは確実です。進んだ道が間違っていれば、どれほど正しいことをしようとも、正しい目標に到達できないからです。一方、間違った目標と同じように、目標を知らないことも大きな問題です。進む方向を知らない船を風が助けることは決してありません。そのため、生活の中で直面するあらゆる過程、事象、概念に対し、まず正しい位置づけや視点を持つことの必要性を論じるだけでは不十分です。しかし、他の一切のことを行わず、正しい位置づけをすることは十分でしょうか?このことがポイントです。なぜなら、大抵は思考的議論が知的な蓄積で十分だと考えられているからです。具体的な生産や活動に人を激励しないようなサロンの隅で、小さなグループの中で行われる知的議論に過度な意味づけが行われています。イスラム世界の問題は、正しい思考のみによって解決できるでしょうか?思考によってどれほどの進歩が期待できるでしょうか?

もちろん、思考することは大切です。人類の歴史を変えたのは長期的な思考です。それとともに、これらの思考は、行動を起こさない論理的なレベルに留まるものではなく、行動を起こし、実践される思考です。生活を形作るのは、抽象的な思考ではなく、その方向で踏み出す具体的な歩みなのです。

正しい位置づけやビジョンを持つことでさえ、このビジョンの方向で何かを変える努力をしなければ、ビジョンが自身から始まり周囲の環境において具体的な物事を変えるのでなければ、ビジョンがあるだけで変えることができるものがあるでしょうか?素晴らしいビジョンを持つことはできても、自身がいる場所に留まり続けるだけというのも可能です。そのため、知的議論や実行に移されない思考、実践を過小評価する捉え方だけで何かを変えることができると考えているとすれば、自分を騙す以外に何もしたことになりません。

一方、生活を軽視し、象牙の塔に閉じこもったり、閉ざされたゲットーの中に留まることで、どれほど正しいビジョンを持つことができるかというのは、別の議論のテーマです。実践や経験から離れた形で、象牙の塔で作られた思考は、たいてい多くの弊害も伴います。歴史は残念ながら、生活の経験から離れたこのような思考から生じた弊害に満ちています。生活を離れた形で、生活のあらゆる分野を囲み、ただ一度だけで抱かれるビジョンやパラダイムは恐ろしい結果を生じることがあります。そのため、正しい位置づけやビジョンは、生活の経験とともに、生活の中から生まれるものなのです。イスラムの到来もこの形によります。イスラムは、ただ一度の抽象的な形ではなく、時とともに広まり、大抵は具体的な事象と関連して完全に生活の中で発展してきました。

今日示される姿勢、行われるべき仕事、進まれるべき道について、あらゆることを差し置いて、私たちはあまり不透明でない環境の中にいます。基本の原理は明らかです。今日の最大の問題の1つは、正しい視点により進まず、言葉と一致しない行動です。そのほか、言葉だけで実行しないことも問題です。

しかし、生活は信条と闘争です。闘争は行動、行為、努力そして戦いです。闘争の一種として戦いという意味の「ジハード」は、今日の世界ではめったに必要とされない状況です。それに対し、私たちは日々の生活において何をしていようと、より良い物事のために闘争し、より原則的で正しい物事のために、闘争し、働き、行動する必要があります。つまり、良いことや原則的なことを言葉にするだけでは足りないのです。そのために、あらゆることにおいて、力の限り努力しなければなりません。

再び冒頭の問いに戻ると、正しい位置づけ、正しい視点はあらゆる目標に到達するために不可決です。なぜなら間違ったビジョンや位置づけは、目標から遠ざかり、災厄のもととなってしまいかねないからです。間違った位置づけは、どんなに良い意図があろうとも、最良の意図や感情を台無しにしてしまいかねません。しかし、正しいビジョンや位置づけも、それだけでは解決になりません。ビジョンはもとから動力があり、一度声に出せば自然と目的に達するものだと私たちは考えがちです。正しいビジョンは良いスタートにすぎません。結果をもたらすものは、正しい位置づけや目標に達する視点を持ちつつ具体的な歩みを踏み出すことであり、その方向で活動することです。

では今日、正しい視点と合わない、自己に関して変えるべき最も基本的な欠点は何でしょうか?自分の間違いを省みず、大抵は自分が正しくさえあっても、他者の間違いだけに焦点を当てて問題は解決されるでしょうか?立ち上がってロウソクの火を灯さないのであれば、暗闇を批判するだけで明るさはもたらされるでしょうか?次回に続きます。


キーワード: 世界の視点

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