「協議事項分析」 第32回

勝てばドイツ人、負ければ移民

「協議事項分析」 第32回

政治経済社会研究財団(SETA)の研究者・作家、ジャン・アジュン氏著

 

ヨーロッパでは、差別主義やイスラモフォビア(イスラム恐怖症)が次第に高まっています。欧州連合(EU)の主要メンバーであるドイツで、国家社会主義(ナチス)の過去における潮流と似た形で、とある出来事が起こっています。差別主義とイスラモフォビアが日常化しつつあるドイツで起こった、メスット・オジル選手をめぐるスキャンダルと、サッカー・ドイツ代表のスターだったオジル選手の引退は、差別主義とイスラモフォビアがどれほど高まっているかを示す一大事です。

メスット・オジル選手がレジェプ・ターイプ・エルドアン大統領のイギリス訪問中にエルドアン大統領と写真撮影をしたことを、ドイツメディアやドイツの政治家は、ドイツ社会におけるワールドカップ以前の大きな危機とみなしました。2010年以降、機会を見つけてはエルドアン大統領と面会し、写真を撮ってきたオジル選手は、差別主義の攻撃に遭いました。サッカー・ドイツ代表のスターだったオジル選手は、サポーターの差別的行動や脅しに晒されました。オジル選手は侮辱や脅しに遭いながらも沈黙を通し、またドイツサッカー連盟のラインハルト・グリンデル会長の要請を受け入れず、エルドアン大統領と写真撮影をしたといって謝罪はしませんでした。

ドイツ代表がワールドカップで予選敗退したことを受けて、全ドイツメディアがドイツの敗退のニュースをオジル選手の写真とともに報じたこと、ドイツサッカー連盟のラインハルト・グリンデル会長がドイツ代表の敗退の責任をオジル選手に押し付けたことが決定打となりました。実際、オジル選手は、エルドアン大統領と写真撮影する前に、メッカ巡礼に行った際の写真をシェアしたことで、イスラモフォビアの攻撃や侮辱にも遭ったことがあります。

オジル選手は沈黙を破り、3部に分けたマニフェストを発表しました。オジル選手が大きな勇気をもってツイッター上で英語で発表したマニフェストは、ドイツにおける差別主義やイスラモフォビアの現状を赤裸々に表しています。「勝てばドイツ人、負ければ移民となる」。オジル選手はこのマニフェストの発表とともに、サッカー界のモハメド・アリとなりました。ドイツ、特にドイツサッカー連盟を厳しく批判したオジル選手は、ドイツに暮らすトルコ人やムスリムの少数派の声ともなりました。

オジル選手はマニフェストで、ドイツにおける差別主義やそれぞれ相反する自分への態度に注意を促しており、自分にはトルコのために打つ心臓とドイツのために打つ心臓があると強調しています。オジル選手がエルドアン大統領との写真撮影を弁護し、ドイツのために何度も成功を遂げてきたにもかかわらず差別攻撃に遭ってきたことをはっきりと説明したことは、実際はドイツに暮らすトルコ人の考えや感情も表しています。事実、特にドイツに暮らすトルコ系の人々は、ソーシャルメディアでオジル選手をあたかも英雄のように祝福しています。

オジル選手のマニフェストがどれほどドイツのトルコ人やムスリムの声となり、彼らの考えや感情を表しているとしても、なぜサッカー選手や議員がトルコ人やムスリムの少数派の考えや感情を表していないのかという問いは重要です。ドイツ議会にいるトルコ系議員やドイツの政党がトルコ人やムスリムの少数派を代表しておらず、彼らの悩みをわかちあっていないことは、ドイツにとっての大問題です。ドイツの差別主義やイスラモフォビアが日に日に高まっていながらも、ドイツにいるトルコ人やムスリムを代表する議員は誰一人としていません。

特にドイツにこのような矛盾があることから、ドイツに暮らすトルコ人やムスリムの権利を保護し、彼らに安心を与えるために、トルコはドイツでより効果的でより積極的な政治を辿る必要があります。ドイツ社会の中でトルコの存在を感じさせ、ドイツにいるトルコ人やムスリムのために取り組みを行うことで、ドイツのトルコ人やムスリムに勇気を与え、事実を社会に対して明らかにする新たなメスット・オジルが現れるでしょう。トルコがドイツにおいて効果的で積極的な政治を行わなければ、ドイツのトルコ人やムスリムは、差別主義やイスラモフォビアが次第に高まるドイツ社会にいなければならないことになってしまいます。


キーワード: 協議事項分析

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