「世界の視点」 第25回

世界の絶望:難民

「世界の視点」 第25回

アンカラ・ユルドゥルム・ベヤジット大学政治学部クドレト・ビュルビュル学長著

 

6月20日は「世界難民の日」に認定されています。人類として私たちが世界を共有していながらも大抵は問題を見てみぬふりをしている、見てもいつもは話題にするだけの世界の絶望、難民に捧げられた日です。

現在、6500万~7000万人の難民がいると言われています。この人口によれば、難民の数は世界で20番目に大きな国ができる規模です。国を追われた人々は4億人いるとされています。この人数がとても多いものであることは明白です。この数は、良心の持ち主にとって人間の無関心を明らかにするほど大きく、痛ましく、はっきりしています。それとともに、この数値の冷酷な事実は、痛み、涙、死、迫害、国外追放に常に影を落としています。難民の赤ん坊、子ども、女性、老人が経験していることはそれぞれの悲劇であり、何千万人もによって表される数値の間で大抵思い出されもしないものです。しかし、どの移住も、どの別離も、何千年もその土地で暮らしてきた人々にとって、分断、崩壊、終わり、叫び声なのです。祖先、母親、父親、自分の誰もが暮らしてきた土地を去り、何世紀にもわたる自らの過去を捨てて、不安定と不明瞭さで一杯の港に船を出したい人などいるでしょうか?どの移住も、生きてきた土地で過去に関するあらゆるものと未来へのすべての希望を捨てて与えられた最も辛い、最後の決意なのです。

最も多くの難民が生まれている国は順にシリア、アフガニスタン、南スーダン、ソマリアです。さらに辛いのは、2010年に世界で最も多くの難民を受け入れてきた国であるシリアが、今日最も多くの難民が生まれる国になってしまったことです。自分が住む国で難民になろうとはまったく思いもよらなかった人々の唯一の悩みが難民が自分の国に来ることを防ぐことであるとは、どれほど奇妙なことでしょう。自分の目で確かめたい人にとって、世界の歴史はこのような奇妙な出来事で一杯です。世界の歴史において難民になったことがない、移住を余儀なくされたことがない社会は無いに等しいです。

移民が最も多い国々は、ほぼ全部が、何らかの形で欧米の介入に遭ってきた国です。世界戦略の衝突地域になった国です。大国同士がぶつかりあう中、抑圧された人々が難民になっているのです。

もちろん、難民問題の唯一の原因は、衝突する世界戦略だけではありません。諸国の内政問題、悪政、政治問題、経済的理由、飢饉、干ばつなどの多くの原因があります。地球の温暖化が原因の気候変動による難民もいます。

大規模な移民の流れを解決するためには大きな努力が必要になってきます。とはいえ、些細な尽力すら解決に十分になることがあります。アフリカのとある村で開かれた井戸の予算は極めて低く、その村からの移住を根底から阻止できると言われています。このような努力は、おそらく問題を根底から解決できないでしょうが、少なくとも私たちの意思を表すものです。予言者イブラヒム(アブラハム)が投げ込まれた炎を消すために水を運んだアリのようにです。それとともに、しばしばこれらの些細な尽力は、私たちのためにならずとも、その恩恵を受ける人々にとって命を助けるものです。海岸に打ち上げられた何千ものヒトデの一部をできる限りの努力によって海に戻す人々の答えのようにです。「そう、全部を助けることができないために、私の行動はあなた方にとっては無意味に思えるでしょう。しかし、海に戻したどのヒトデも、私の行動によって再び生きることができるのです。」人間の道徳心を導くものは、地位や財力ではなく、他者への思いやりです。

難民に関して、私たちはその痛みを知るだけに留まり、悲しむだけで何もせず自分の生活を続け、冷酷な分析に甘んじていられるでしょうか?痛みの原因となっている事象の責任を取らずにいられるでしょうか?

もちろん、答えはノーです。生きてきた国々で希望をまったく残さず、人々の過去と未来への希望を盗む悪政をできる限り批判することは当然です。人々や諸国の絶望の上に悪夢のように降りかかり、人間性を失い見てみぬふりをすることで人々の痛みの上に世界戦略を築いている帝国主義的目的も、当然明らかにする必要があります。

これらすべてとともに、国際政治は、利益を軸にではなく、道徳を軸にし、価値感を中心に統治を行う国々も、もちろん常に評価すべきです。シリア難民について、世界で最も裕福な国でないにもかかわらず、トルコ、レバノン、ヨルダンが単独で背負っている重荷は、世界の他の国々が負う重荷よりも数倍多いです。トルコの都市キリスが単独で受け入れている難民の数は、多くの欧米諸国よりも多いです。危機が始まった当初から今日まで、トルコでは30万人以上の赤ん坊が誕生したと言われています。さらにこの国々は、シリア危機において問題の一部ですら担っていません。

一方で、大国はシリア危機において問題のさらに大きな部分を構成しています。大国のシリアへの関心は、大抵自己の利益のために、軍事費をさらに費やし、武器を販売し、解決不能な状況をさらに悪化させる形で顕著になっています。

国際社会は、損害の補償のためにこれらの大国を、問題を共有するよう促すべきです。人道的、倫理的、良心的、普遍的、宗教的イデオロギーなど、どんな名目であれ、どんな道徳的な取り組みにも、そのことが必要です。

解決のために問題への認知度をさらに上げる必要があります。これは、問題の一部である大国にではなく、市民団体の方にその責務が課されます。難民問題の大きな原因の1つは世界戦略ですが、解決の模索において市民団体はよりずっと地域的な存在です。世界的な認知度を上げるために、市民団体はより多くの情報を伝えるべきです。もとはと言えばこの責務は市民団体だけではなく、私たち1人1人に課されるものです。忘れてはならないのは、私たちがあらゆる人道問題や悲劇を解決しようと貢献しないことで、私たちが道徳を失うだけではないということです。解決されないどの悲劇も、人類に、より多くの代償を払わせることになり得ます。


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