「世界の視点」 第8回

ヨーロッパの危機

「世界の視点」 第8回

アンカラ・ユルドゥルム・ベヤジット大学政治学部クドレト・ビュルビュル学長著

 

ヨーロッパの危機

少し立ち止まって考えてみて下さい。皆さんが暮らしている国で、5人のキリスト教徒またはユダヤ人が焼き殺されれば、世界の反応はどのようなものになったでしょうか?(フランスでは破壊活動を理由に5人のムスリムが焼き殺されました)または皆さんの国の教会やシナゴーグに毎年何十回もの攻撃が行われ、火をつけられたとしたら?(ドイツで2015年の第四四半期にモスクに24回の攻撃が行われました)どの国でも、このような事件が起こってほしいなどとは誰も思いません。この問いを問うことすら、人の心を痛めるものです。しかし、このような事件が、皆さんの国で起こったら、国の情勢不安、権利や自由の侵害、多様な生き方が脅威に晒されていることなどが、全世界の最も高い場所から伝えられ、すべての人々の記憶に残ったでしょう。皆さんも恥を感じて頭を上げられなくなっていたでしょう。でも、ご心配なく。これらの事件は皆さんの国ではなく、ヨーロッパ諸国で起こっているのです。なので、皆さんも気づいていなければ、世界も気づいていません。

価値を生み出したヨーロッパ

ヨーロッパは最近までこうではありませんでした。特に第二次世界大戦の大きな痛みを経験して、協力、相互理解、共有を強調するヨーロッパという像がはっきりしていました。この前向きな議題と視点が欧州連合(EU)を誕生させました。EUも、これも前向きな議題と協力により自国内や地域で、ファシズムやナチズムなどの差別主義を乗り越え、民主主義的価値を奨励し、人権、法の優位、社会的・経済的自由を発展させるなど、とても重要な進展を遂げました。今日これらの価値感が1つ1つ消えているとしても、EUが最近までこれらの価値感に貢献してきたことは議論の余地がありません。実際、ジョージ・フリードマンが、「ヨーロッパの危機」という著書で、1945年から1991年までのヨーロッパが成し遂げてきた成功は、ヨーロッパによってではなく、アメリカとロシアに基づくものだと述べているとはいえ、筆者は同意見ではありません。ヨーロッパが痛みから教訓を得てさらに原則的な政策を発展させ、地域に良い影響を与えてきたことは否定できないものです。

内向きで、恐怖にとらわれ、脅威を生み出すヨーロッパ

しかし、今日はもはや残念ながらこのようなヨーロッパは存在しません。日に日に排外主義や反移民主義が高まるヨーロッパが存在します。ファシズム・ナチズム政党が次第に票数を伸ばしています。差別主義政党はもはや政権の中心にいます。常識的な指導者が次第に減り、ビジョンのない指導者が日に日に増えています。異なる生活様式やその生活を営む人々の礼拝所に行われる攻撃は、今やニュースになる価値もないほどです。公共調査機関は、移民たちが日に日に疎外されていることを明らかにしています。

諸政党は、国をより良くする前向きな議題を話し合うのではなく、反移民主義を通じて後ろ向きな議題を取り上げることにより政権の座につこうとしています。オーストリアの例のように、「移民ゼロ」の公約により政党が政権の座につくことができるのです。オーストリアが直面している移民の「脅威」は、トルコの100分の1すらもないでしょう。そしてヨーロッパがどれほどの恐怖にとらわれているかということが、痛ましくも見受けられるのです(トルコが受け入れた350万人の移民の100分の1である3万5000人)。

失われた理性

どの国も、しばしばこのような危機を経験することがあります。このような状況で政府機関やビジョンのある指導者がより常識的な政策を発展させて危機の深刻化を防ぎます。可能であれば国を危機から救い出します。

しかし、移民、ムスリム、トルコ人に対し示す反発や、常にこの人々に罪を着せるアプローチを見ると、ヨーロッパが理性を失っていることが言えます。私たちは自信や理性を失ったヨーロッパと対面しているかのようです。スコラ哲学の時代を経るために発展させた啓蒙的な思想はかなり脆弱化しているかのようです。

ヨーロッパは問題を移民になすりつけてはならない

この状況は本来、ヨーロッパの危機なのです。移民、ムスリム、トルコ人は、長い間ヨーロッパに暮らしてきました。今日その数はそこまで増えてはいません。移民グループが生活様式をそこまで変えているわけでもありません。ヨーロッパは、共通の価値感を生み出した時代にはこれらの社会集団にもっとずっと良い態度を示してきましたが、今日は罪を着せ、疎外するような発言をより増やしています。問題がヨーロッパに起因するものであることを理解すべきです。危機の根底には、ヨーロッパで起こっている経済的停滞や、グローバル化の恩恵を十分に受けられていないこと、ヨーロッパが多様性を経験してこなかったことがあることが言えます。

ヨーロッパは第二次世界大戦の前にも、類似の危機を経験しました。行き詰まったために自身の危機が見えないヨーロッパは、ユダヤ人を問題としてみなし始めました。多様性を恐れ、次第に脅威の認識を高めたヨーロッパは、自身の危機をユダヤ人になすりつけることを選びました。ユダヤ人に行われたことの後に、第二次世界大戦で自身を、地域を、世界を火だるまにしたヨーロッパの危機がユダヤ人とは関係ないことが、はっきりと証明されました。しかし、ヨーロッパが自己と折り合えなかったことの非常に重い代償を、全世界が払うことになったのです。

今日もヨーロッパは、移民とムスリムをめぐって自身と自身の未来を議論しています。移民やムスリムを疎外し、彼らの自由を狭める政策を発展させています。彼らに、その生活様式に、その礼拝場に行われる攻撃を見てみぬふりをしています。ヨーロッパの知識人や政府関係者はヨーロッパが同じ致命的な過ちを繰り返さないよう、問題を正しく把握する必要があります。

ヨーロッパは、その危機を乗り越えることができるでしょうか?そのためには、特にその危機が、移民、ムスリム、トルコ人ではなく、自分自身の危機であることを理解し、自身と折り合う必要があります。ヨーロッパがその危機を乗り越えられるかということに、筆者はあまり希望を抱いてはいません。これについては別の機会に話します。


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