「アナトリアの伝説」 第39回

今日は、イスタンブールの創設の伝説をお伝えします。

「アナトリアの伝説」 第39回

イスタンブールは、歴史を通じて3つの帝国の首都となった、世界に類を見ない町です。イスタンブールを首都に定めた最初の人物は、最後のローマ皇帝・大コンスタンティヌス帝でした。この地にローマにあったすべての建物を建て、一向に普及しなかったものの皇帝が熱心に信奉したキリスト教を全ローマ帝国に拡大することを目指しました。皇帝の死後、2つに分裂したローマ帝国の東側の首都は、これもイスタンブールとなりました。オスマン帝国は1453年に、ファーティヒ・スルタン・メフメトの征服によりイスタンブールを支配下に置くと、首都をここに定めました。こうして、世界に類を見ない形で、3つの帝国の首都となったイスタンブールの最初の創設の伝説をお伝えします。

伝説によれば、ギリシャの都市メガラの1人の若者が暮らしに困ってしまいました。そこで、古代世界の預言により、有名な都市デルフォイの神官に供物を捧げ、新しい町を創設したいと言い、それにふさわしい場所はどこかと尋ねました。神官は若者に、目の見えない人々の町の向かい側に町を創設するよう言いました。

人々を連れた若者ビザスは、まず北に、それから東に向かいました。町を創設するために、目の見えない人々の国を探しました。そして、イスタンブールの歴史的な居住地があるサライブルヌにやって来ました。そこは、ボスフォラス海峡のマルマラ海の出口で、一方は金角湾に面し、一方はボスフォラス海峡に接し、一方はマルマラ海を臨む、比類のない位置にありました。三方を海に囲まれた、防御が簡単ですばらしい景色がある場所でした。ビザスは、ボスフォラス海峡の岸辺で、今日のカドゥキョイにあるカルケドン居住地を見つけました。これほどまでに美しい場所に、誰が町を創設するのだろうと考えました。そしてふと、神官が「町を目の見えない人々の国の向かい側に創設するように」と言ったのを思い出しました。ビザスは、探していた場所はここだと判断しました。人々はビザスがこの地を選んだことを大いに喜び、兎にも角にも町を造り始めました。この町に、この創設者にちなんで「ビザスの町」という意味の「ビザンチオン」という名前が付けられました。

一部のヨーロッパの歴史家が、18世紀にこの古代都市にちなんで東ローマ帝国を、誤って「ビザンツ」と名付けてしまいました。しかし、東ローマ帝国が公式文書でこの名前を使ったことは、一切ありませんでした。世界の素晴らしい町の1つであり、3つの帝国の首都となり、数えきれない歴史遺産や伝説を持つイスタンブールを皆さんがもし見たことがなければ、いつかきっとこの町を訪れることを願っています。


キーワード: アナトリアの伝説

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